印象的な視覚イメージを、拡散する情報へと変化させるインターネットは、ポスターデザインの現状をがらりと変えました。例えば、シェパード・フェアリーによる、バラク・オバマ氏の写真を使った象徴的な“Hope”ポスターは、オバマ氏の許可(さらに、写真の
著作権保有者の許可も)を得なかったにもかかわらず、大統領選挙戦において、誰もが知る“選挙ポスター”になりました。

ポスター:“Keep Calm and Carry On(平静を保ち、普段の生活を続けよ)”(The Keep Calm-O-Maticより)
しかし、私がこのブログ記事を書く上でインスピレーションとなったのは、““Keep Calm and Carry On””のポスターでした。単色やユニオンジャックの背景に描かれた王冠の下にサンセリフ体の言葉を入れたデザインは、流行に敏感な人たちの間で広まり、あちこちで見かけられるようになりました。
しかし、誰もがその起源を知っているわけではないようです。このポスターは、ドイツによるロンドンへの壊滅的な空襲に備え、市民の士気を高めるために1939年にイギリス政府が制作した宣伝ポスターです(結局、配布されることはありませんでしたが、2000年に再び注目を集めました)。
このように、シリアスな歴史的背景を持つ作品が本来の意味を失い、壁を飾るはやりのポスターとして普及する可能性があることは、確かに腹立たしいことです。しかし、このようなポスターは、誰もが知っているその他多くの有名なポスターの歴史的起源について考えるきっかけを与えてくれます。中には驚くような来歴を持つポスターもあります。
ベンジャミン・フランクリンのポスター

“Join or Die(集結せよ、さもなくば死だ)”:Benjamin Franklin(Wikipediaより)
アメリカ合衆国建国の父の一人である、ベンジャミン・フランクリンによって描かれたこのイラストは、現代のポスターが誕生するよりずっと前に政治漫画として発表されましたが、その働きはポスターと同様のものでした。
この作品のメッセージは、独立を求めてイギリスとの戦いに勝ちたいなら、アメリカの植民地は団結しなければならないというもので、アメリカの団結力を高めるための政治宣伝的な要素があり、覚えやすいイラストが特徴です。

左:Santos House Party;右:5BORONYC
このイメージはフランクリン自身にもおそらく想像できなかったほど(彼がパーティーやスケートボードにはまっていなかった場合の話ですが)、今のメディアに登場し続け、アイコン的なものになっています。
ベル・エポックの酒の広告

“アブサン・ロベット”:Henri Privat-Livemont(Wikipediaより)
19世紀後半のヨーロッパに、今で言うグラフィックデザインが登場し、それに伴い現代的なポスターも現れました。アルフォンス・ミュシャのようなアール・ヌーボーの芸術家たちは、美しい絵を描く技術を駆使し、贅沢品、特にアブサンやベルモット酒などのリキュール類の広告を制作しました。お酒を飲むラファエル前派の女性や、小悪魔のポスターがおよそ同じ位の数、描かれています。

アール・ヌーボーの印刷物: Leonetto Cappiello

ペイツバローニ、1921年: Leonetto Cappiello

ル・シャ・ノワール(黒猫)、1896年: Théophile Steinlen (via Wikipedia)
第一次世界大戦の募兵ポスター

募兵ポスター:キッチナーのポスター、1914年 (via Imperial War Museums)
アメリカ人にとって最もなじみ深いのは、星条旗柄のシルクハットを被ったアンクル・サム(下の画像)の徴兵ポスターでしょう。もっとも、きっぱりとした態度で人差し指を突きだしたアンクル・サムの象徴的な描写は、イギリスの有名な陸軍元帥ハーバート・キッチナー(上の画像)が描かれている、第一次世界大戦の募兵ポスターを手本にしたものです。

アメリカ陸軍の募兵ポスター、1917年: J. M. Flagg (via Wikipedia)

左:“Our boys need sox…(息子たちは靴下を必要としている…)”(Wikimediaより);右:“Wake up, America!(アメリカよ、目を覚ませ!)” James Montgomery Flag作(Wikimediaより)
その他のポスターには、アメリカ国民の欧州戦争への参入に対する士気を弱めるためにデザインされたものもあります。
米旅行業界のポスター

米旅行業界ポスター:“See America” Alexander Dux作、1930年代後半(National Geographicより)
1930年代の世界大恐慌の間、フランクリン・ルーズベルト大統領政権は、芸術家を含む人々の雇用を生み出し経済を活性化する目的で、公共事業促進局を設立しました。
その試みの中で特に好評を博したのが、グラフィックデザイナーによってデザインされた、アメリカの国立公園へ観光客を呼び込むためのポスターのシリーズでした。

米旅行業界ポスター:“See America” M. Weitzman作(National Geographicより)

米旅行業界ポスター:“See America”(Wikimediaより)
カメラが捉えた決定的瞬間

写真:“Lunch atop a Skyscraper(摩天楼の頂上でランチ)”、1932年 Charles C Ebbets撮影(Vintage Everydayより)
携帯カメラの品質が向上したことで決定的瞬間を捉えられるようになると、全く新しいタイプのポスターと言えるスナップショットが撮影されるようになりました。上の画像は1932年、ニューヨークで建築中だったロックフェラー・センターのRCAビルディング(現コムキャスト・ビルディング)の高所に組まれた梁の上で、建築作業員がランチのために休憩している場面です。ちなみに、この写真は加工されたものではありません。

写真:“舌を出すアインシュタイン”(Iconic Photosより)
この貴重な写真は、アインシュタインが演説を行った会議の後に撮影されたものと言われています。写真撮影のために笑顔を見せるよう頼み続ける記者に対し、うんざりした“現代物理学の父”は、代わりに舌を出したのです。

写真:“The famous VJ Day kiss in Times Square(有名な「勝利のキス」)” Alfred Eisenstaedt撮影(Fanpopより)
この有名な抱擁は、日本への勝利、そして第二次世界大戦終結の宣言を祝うタイムズスクエアでのパレード中に撮影されました。
第二次世界大戦中の女性たち

ポスター:“We Can Do It(私たちにはできる)”(Wikipediaより)
有名なポスターの中でも特に知名度が高いリベット工のロージー。この力強い女性のイメージは、アメリカ女性が軍需工場で働き、戦争努力に貢献することへの動機づけとなりました。
ピンナップ・ガール

左:ピンナップ・ガール Gil Elvgren作(Flickrより);右:“Seven Year Itch(『七年目の浮気』)”ポスター(movieposter.comより)
男性の購買意欲をそそるために、様々な露出度の服を身にまとった女性を描いたピンナップ・ガールのポスターは、魅惑的な進化を遂げてきました。これらのポスターはその他の大量生産メディアと共に、19世紀末頃に誕生しました。写真とイラストの両方で制作されましたが、写真が一般的な手法となる1950年代までの間で最も注目に値する(そしてエロティックな)作品は、芸術家アルベルト・バルガスにより描かれたものです。
ピンナップ・ガールとして活躍したのは、マリリン・モンローのような実在する女優でした。彼女の最も有名な写真は、『七年目の浮気』(1955年)の映画のスチール写真でしょう。さらに、下のコカ・コーラ・ガールのような、広告用に描かれたピンナップ・ガールも登場しました。

ポスター:“Yes”Haddon Sundblom作、1946年(Coca-Cola Companyより)
1960年代:革命家とロックスターたち

ポスター:The Doors(ドアーズ)(posters.wsより)
ドアーズのロックスター、ジム・モリソンのポスターは、彼の死後に象徴的なものとなりました。ヘロインの過剰摂取で亡くなったとされる彼は、時代のアイコンとしてカウンター・カルチャーを象徴する多くの人物の一人となりました。
下の3枚のポスターは、アルゼンチンの革命家であるチェ・ゲバラ、フォーク・シンガーのボブ・ディラン、ザ・ローリング・ストーンズ/a>のもので、今では学生寮の部屋に貼る必須アイテムとなっています。

ポスター:Che Guevara Red(チェ・ゲバラ〈赤〉)Jim Fitzpatrick作(Wikipediaより)。1960年に撮影されたAlberto Kordaの有名な写真がベースとなっています。

ポスター:Bob Dylan’s Greatest Hits(ボブ・ディランのグレイテストヒッツ)(Milton Glaserより)、Marcel Duchampの自画像にヒントを得ています。

ポスター:The Rolling Stones Lips(ザ・ローリング・ストーンズ リップス&タン)(blogspotより)
1970年代:頑張って…

左:The Simpsonsのバージョン(Know Your Memeより);右:1970年代のバージョン(i-5 Publishingより)
どういう訳か、物干しロープにぶら下がる1匹のネコが、“意欲を引き出すポスター”として一大旋風を巻き起こしました。かつてアメリカの副大統領スピロ・アグニューが脱税と賄賂の容疑で辞任に追い込まれたとき、アグニューの支援者たちが彼にこの画像を贈ったことは周知のとおりです。
大学のカルチャー

左:笑いを誘うポスター(amazonより);右:John Belushi(Cha Chaより)
お手頃価格のインテリア雑貨として、ポスターは学生寮の部屋に欠かせないアイテムとなりました。当然のことですが、大学にちなんだ莫大な数のポスター(その多くは飲酒を美化したもの)が制作されました。
上のジョークが効いた古いビール広告と、ジョン・ベルーシがボトルのウィスキーを一気飲みしている映画『アニマル・ハウス』(1978年)のスチール写真は、アメリカ中の大学の友愛会館でよく見られるポスターとなっています。
バラク・オバマ大統領の“Hope”、そして「デュードは変わらない」

ポスター:“Hope(希望)”Shepard Fairey作(Wikipediaより)。Mannie Garciaが撮影した写真をベースとしたもの。
近年のポスターで“Hope,”ほどインパクトのあるものは、ほんのわずかでしょう。バラク・オバマ氏の写真をデザイナー、シェパード・フェアリーが赤、白、青色の色彩で描いたこのポスターは、2008年のオバマ氏の大統領選挙期間中に広まりました(シェパード・フェアリーは、オリジナル写真の著作権保有者と裁判沙汰になりました)。
上のポスターは多くの有名なポスターと同様に、多数のパロディ版が制作されました。その一例が、カルト映画『ビッグ・リボウスキ』(1998年)の主人公、デュードを描いた 下の作品、“The Dude”です。

ポスター:『ビッグ・リボウスキ』デュード(amazonより)